気になって仕方がない

趣味など、日々雑感メインの予定(脳へのコスト削減を重視しているので、推敲は甘めです。気にせず読んでいただけると大変うれしいです。)

minecraftのカクツキはVRAM不足っぽい

最近またminecraftをちょこちょこっとやっているのですが、なんだか10分くらいプレイしているとだんだん定期的なカクツキが出てきてしまってプレイに支障が出ています。PCはもうだいぶ古いですが、modをごりごり入れているわけでもないし、ビデオ設定は控えめにしているのでスペックは足りていると思います。FPSも60出てますし。

一応スペック

項目 パーツ
CPU Core i7 2600K 定格
Mem DDR3 1600 32GB
M/B GigabyteのZ68もの
グラボ 660Ti

タスクマネージャーでCPU usageを見る限りではまだCPUには余裕はありそう(25%程度しか使っていない)

メモリも8GBくらい割り当てていて、実際の使用率はいっても3割くらい。

で、いろいろ調べていても有力な情報は得られず。。。

試しにGPUの統計見たらどうなるかなーと思ってみたらたぶんこれっぽいです。

GPU-ZのSensorsタブにあるGPUのモニタ値を表示させながらminecraftをプレイしてみて、プレイ開始直後の比較的スムーズに動いているときと10分くらいプレイしてだんだんカクツキが出てくるときと、その間でどんな変化があるのかを見てみました。

まず、プレイ開始直後ですが特に問題はなさそう。
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(直前にminecraftでカクツキが出ていたので左半分は無視してください。右半分のプレイ開始直後のところに注目です。。というか、これでネタバレになってますね)

で、プレイ時間が伸びていくと(数分くらい)
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のようにだんだんメモリ使用量が増えていきます。

しばらくするとカクツキが出てきます。そこをすかさずキャプチャ!
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すると、メモリ使用量が2GBに張り付き、Bus Interface Loadも伸びていきます。

おそらく原因はこれで、Bus Interface Loadが伸びているのは、PCIeのアクセスが増えていることを意味しています。このグラボはVRAMが2GBしかないので、メモリ使用量が2GBを越えようとすると、メインメモリを見に行かなくてはならず、そのときにPCIeのアクセスが増えていると思われます。GPU Loadもほぼ100%なので、660Tiの性能限界もあるかと思いますが、Bus Interface Loadが上がり始めてからカクツキが出ているので、ほぼ間違いないと思います。

これは、1060の6GB品とか買うしかないんですかね。。。
(でも、CPUはまだまだいけそうな気がしてきました。Ryzenとか8700Kとかほしいけど、システム丸ごと入れ替えになるので、もうちょっと待ちたい)

日本企業はもう少し「理屈」から解放されてもいいんじゃないだろうか

外国の企業で働いたこともないし、知り合いもいないので実際のところはよくわかりませんが、少なくとも日本企業で働いていて思うのは、みなさん「理屈」が好きだなということです。
もちろん、論理的思考でもってちゃんと筋道立てて考えて、資料化して、意思決定をして、その証跡をのこしておく、ということは必須です。当たり前だと思います。それがちゃんとできていない or 大丈夫だと思って勝手に省略した、などということがあると不正になってしまいます。
でも、「理屈」とか「論理的思考」のみで仕事していると、その枠組みの中で満たすべきことだけやっていればいいんでしょ? と、頭の良い人々は考えるので、思いついたアイディアを形にしよう、とか、理屈の上ではAかもしれないが我々の想い(勘)としてはBだと思う、などのような新しい活動とかプロジェクトが生まれにくいのかなと思っています。
上から求められる理屈や論理性の観点でのハードルをクリアしてさえいればいいのであれば、それ以上のことはやっても損、なのであればだれもやらないですよね。
実際、やろうとしても、そのような新しい取り組みを始めるにあたってのロジックをすべて担当側が考えないといけないし、上は否定的であるので、やろうとしてもリスクばっかりで損しかしないわけです。しかも、新しい取り組みの検討をしている間も現在の本業はもちろんちゃんと進めないといけないわけなので、自分で自分の仕事増やして文句しか言われない、という状況になり、つらくなります。

想いを持って理屈以外の軸を導入できるのは上層部だけなのです。だから、彼らは、日ごろから担当以上に勉強して、自分なりに「今後はこうなるんじゃないか」とか「こんなのやってみたらいいんじゃないかと思うんだがどうか」とか彼らから提案するくらいになってほしいと思います。ボトムアップのアプローチが生まれにくいようにしているのだから、トップダウンではイケているアプローチを積極的に創出していく義務があると思っています。

まあ、上層部は彼らなりに今度は経営層や株主がいるわけで、また理屈を考えさせられているわけなので、構図は同じなのでしょうけど。

でも、やっぱり外国の大手企業見ていると、当然彼らなりにいろいろと悩みながらやっているんでしょうけど、トップダウンのセンスが良い気がするんですよね。要するにトップで指示を出す人がちゃんと専門知識があるということだと思っています。それに対して、日本企業の多くは専門とか無い、ジェネラリストほど評価されるのでそういう人が表面的な受け答えのうまさだけで上がっていって無責任だし、専門知識もないのでふわふわしたことばかりいうものだから想いもないし、先見の明もない。やはり、専門性の軸をちゃんと持った人がもっと評価されるべきで、そういう人が上に上がる過程で専門知識外の勘所を経験していけばよいのだと思います。

で、そういう人材育成をちゃんと考えられる人が人事をやっていない(そういう人だけで人事を構成しろとは言いません)ので、目先の「理屈」で定量的に結果が見えるようなことだけやってればいいと思っていることがまた問題ですね。。。

AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED

ついに買ってしまいました!

念願のAF-S NIKKOR 105mm f/1.4E EDを!!!

このレンズは2016年の夏に発売になりまして、それ以来ずっと気になっていました。
ヨドバシカメラにも何度も通っては触って愛でていました。自分のD750も持ち込んで試写させてもらっては、データを持ち帰って大画面で見てうっとりして、というのを繰り返していました。
そして、この度、D850を買おうと思って予約注文までしてから、いろいろ見ていたら熱が冷めて結局キャンセルすることになったので、浮いた予算でその分何か充実した買い物をと思っていたところに、このレンズへの思いが再度盛り上がってきたというわけです。すでにこのレンズを買おうかどうか試写やリサーチも含めてまる一年以上やってきていたので、検討期間としては十分だと判断して購入に至りました。
まるで会社でよく書かされる発注の説明資料みたいな書き方になってしまいましたね。。。しかもその中身はすべて自分の感情のみという。。

開封の議、とかは重視する人も多いですけど個人的には非常にどうでもよいので、特に書きません。
作例、というほどのものが撮れるような腕ではないので、こんなのが撮れるよ、みたいなことは書けませんが、

くらいを書いていこうと思います。
買ってすぐの気持ちって、今後のレンズ・カメラ選びという意味で自分にとっても重要だし、その割には記憶が薄れていってしまいがちなので、自分用の記録がメインとなりますことをご了承ください。

買うとこんな気持ちになれる

とにかく満足です。後悔などありません。プラスの気持ちしかないです。これは。
初めてカメラ屋さんで触って撮ってみたときの感動がとても大きく、それ以来何度も何度も試して調べてきて、実際に自分のものにしてみるとさらに大きな感動がありますね。
要するに、一目惚れがかなったということです。

AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRも持っていて、これもヨドバシカメラさんで試し撮りしてみたときの感動から購入していますが、今回のレンズは正直それを上回るものがあると思います。

105mmって、ポートレートとしては一般的な部類に入りますし、ポートレートならボケが期待できる明るい大口径レンズはピッタリなので、ポートレート界にはこのレンズはまさに求められていたレンズだと思います。
しかし、自分の場合はポートレートは少なくともこれまでは撮ってきてないですし、今後も特には考えていません。(多少やってみたい気持ちはこのレンズ購入で増えてきましたが)
その意味では、自分がこのレンズを購入しないといけない大きな理由は、それまでの被写体のバリエーション的にはないのです。

要するに、このレンズ購入は理屈で行くと合理的ではないのです。でも、仕事ではなく趣味なので、いかに自分の(本質的には、生きる)モチベーションが高められるか、という点を重視しています。
そして、いい意味で尖っているものが好きです。今のところ105mmのf1.4のレンズはNikonにしかありません。
こういった意味では、このレンズはまさに一目惚れであり、いつかは必ず手にしている、もっと言うと手にしているべきだ、と強く感じていました。
それで、実際に撮ってみると、巷で言われている以上のスペックと所有欲をかきたて、もっとカメラを握っていたい、撮りに行きたいと思わせるレンズです。

だらだら書いてしまいましたが、さんざん悩んできた(良いのは十分分かっているが、本当に買う意味があるのかという点)が、期待以上だった、ということです。

実際にカメラにつけてみるとこんなかんじ

はい、開封の議はすっ飛ばします。撮影はすべてPanasonic DMC-TX1です。
D750につけるとこうなります。
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大きくて太いですね。ヨドバシカメラで見た時も太いなと思っていたのですが、家の中で見てみると本当に太いです。
カメラ本体よりも重いです。この重さがあれば手振れ補正がないことは実際ほとんど気になりません。単焦点レンズはとにかく画質を追求しないといけないのです。
手振れ補正を入れたところで画質には影響しないのでしょうけど、シンプルであることが大事だと思います。このあたりは妥協していない点が私は大いに評価できます。尖っていないと。

少し上から。
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レンズを真横から。気のせいかナノクリスタルコートのNの文字が立派に見える。。
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本当に82mm? と思わせる大口径。24-70mm f/2.8と同じとは思えないです。
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AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRと並べてみる。
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いやあ、本当に所有欲が満たされます。そして、意味もなくカメラのグリップを握って部屋の中を撮りまくってしまいました。。。

撮ってみた

はい、世界中で言われているとおり、開放からすばらしい写りを見せます。すばらしすぎ。
開放から使えるレンズだ、ということをよく耳にしますけど、あれって、「そこまで思ってないけどまあ開放から使えると思えばこれは良いレンズだ」と思いたいという人が使う表現なんだなというのをこのレンズは教えてくれました。何を言っているかというと、このレンズを「解放から使えるレンズだ」と言っているのを少なくとも自分は見たことがないのです。
開放から使えるなんてことはわかりきっているというか、そんな程度ではないすばらしさがあるので、そんなプアな表現は誰もしないのだと思いました。

5814みたいな良くも悪くも個性はなくて、絞ればさらにくっきりする、ようですが、自分にはよくわかりませんでした。そのくらい開放からすばらしすぎです。
(室外だと絞り開放だと明るすぎるのでf/4とかそのくらいに絞って使う、という感じですかね。)

フォーカスは十分速いと思ます。このレンズで不規則な動体は追わないと思うので、十分ではないでしょうか。
このレンズはレンズ構成図、あるいは実物を見ればわかりますが、全体的にレンズが大きくて重いので、この光学系を動かすとするとそれなりにパワーが要るはずで、それを考えればフォーカスは早いです。
さすがに24-70などの大三元系レンズのようなおかしいほどのスピードはないですが、このピントの浅さでオートフォーカスが正確に決まることに驚きでした。

手振れ補正はないです。それに対して、105mmという中望遠なので、シャッタースピードはある程度必要ですね。
いわゆる1/焦点距離(mm)だけのシャッタースピード(秒)より高速であることが適正だと思います。
私はそれだとちょっと歩留まりが悪い感じがした(このへんは腕で変わってくる)ので、絞り優先オートの低速限界をオートの一段高速の設定にしています。
D750の場合はこれで1/250を確保(できない場合は感度を上げる)してくれるようになっていて、これで安定しています。

3次元ハイファイ(High Fidelity)設計のレンズということですが、これも非常に実感できました。
作例(というほどでもないが)をまた投稿しようと思っていますが、奥行き方向のコントラスト、とでもいうのでしょうか、これが実際を良く再現していると思います。
正直肉眼で見るよりもはっきりと感じられる印象です。
また、Nikonの公式では触れられていませんが、色のコントラストも非常に良いです。嫌味はないのだけれどビビッドな感じです。
こういった点が、開放での写りの良さ(眠い絵にならない)に寄与しているのではないかと感じました。

しかし、バッテリーグリップが本格的に欲しくなりますね。。。

日本語入力する可能性があるなら、弘法筆を選ばず、でUSキーボードなんかにしなきゃよかったな

はい、でもタイトルとこれから書くことにも矛盾があるので、ちょっとなーと思いながら書きます。

今よく使っているWindowsノートPCがLenovoのT440pなんですが、これ学生の時に当時はまだそこそこ開発もやっていたので、学生時代にずっと使っていた他PCのUSキー配列に合わせてこいつもUSキーボードにわざわざカスタマイズして購入しました。詳しい人ならすぐわかると思いますが、T440pというのは、ハイパフォーマンスモデルで、モバイル用途とよりはほとんどモバイルワークステーションみたいなPCです。当時はFPGA開発をゴリゴリやっていたので、安くてぎりぎり持ち運べてなおかつハイパフォーマンスであるという点でほぼ一択でした。通常電圧版のクワッドコアCore i7をつんで、メモリも16GB詰めて、光学ドライブを取り外してHDD2台(うちシステム用の1台はもちろんSSD)なんてことができる、カスタマイズ性あふれるノートで大好きです。Lenovoという点だけが強いて言うなら欠点ですかね。。。

で、当時は自宅のメインPCも黒軸のUSキーボードでしたし、研究室に置くキーボードもUSキー配列にわざわざ変更して、好きで使っていたのですが、会社に入って当然会社で用意するPCを使って、自分でコード書くことなんてほとんどなくなって、代わりに書くのは言い訳のパワーポイントばかり、となると、日本語入力の機会が圧倒的に多くなり、日本語配列って大事だなと思い知らされました。今までがちょっと厨二っぽかった点もあるんでしょうけど、素直に日本語配列にしておけばよかったなと。弘法筆を選ばず的な。

でも、本当に弘法筆を選ばず、だと思うなら、USキーボードだろうと日本語キーボードだろうと、文句も言わずパフォーマンスも落とさず、気持ちも変えずにバリバリ仕事でも研究でもできるはずなんですよね。でも、いつも使う道具が気持ちを盛り上げてくれるかという点も重要であり、やっぱり日本語キーボードに統一できたらなと悩んでいます。会社で使うのを全部USに変えるというのはイケてないです。いつ自分が異動になって、ほかの人が使うかどうかもわからないし、日本語キーボード仕様しかないようなノートPCからリモートデスクトップしないといけないので、リモートデスクトップ先のメインPCがUSキーボードだとそれはそれでいろいろと面倒ですからね。

Lenovo T440pならキーボードだけ交換することもできるんです。だからUSキーボードから日本語キーボードへ部品を交換すれば、今自分が持っているPCもすべて日本語配列にできて、会社の環境とも合わせられるんです。要するに、これ
Amazon CAPTCHA
が売っていれば良いんです。でももう売ってないんです。ほかのところ調べてももうないみたいなんですよね。ebay見るとUS配列であればたくさん売ってるっぽいんですけどねー。

今日のETS2

ずいぶん前からずっとプレイしているゲーム、Euro Truck Simulator 2 (ETS2)について書いてみたいと思います。

といっても、きちんと書くつもりもないですが、なんとなく。


DLCの拡張マップ Vive la France がなかなか良い感じですね。過去には東欧やスカンジナビアDLCで当初よりも大幅にマップが拡張されてきましたが、このフランスマップは、細部まで作りこまれていて、原発があったり名所が再現されていたりして配送中でもついつい車を止めて観光気分に浸れるくらいです。

store.steampowered.com

Steamの実績のなかにも、いくつかある名所をすべてめぐる、というのがあるくらいですね。

今日は走っていたら名所ではなかったですがこんなのを見つけて思わず二度見。
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ポンデュガール
ポン・デュ・ガール - Wikipedia
のように見えますが、どう考えても位置的に違うので、雰囲気だけですかね。。ゲーム中でも名所扱いになっていないし。
でも、何もない細い道にも、ドライバー(プレイヤー)を飽きさせないような工夫が施されているのがすばらしいですね。こういうのがあるからマップ全走破もしたくなります。でもかれこれ数年プレイ(途中やってない時期もとうぜんありますが)してますが、まだ60%越えたくらいなんですよね。非常にやりがいのあるゲームです。

「質問ないの?」恐怖症

はい、タイトルの通り、打ち合わせなんかで「何か質問ないの?」とか、終わった後に「若手なんだから、質問しておいたほうが良かったと思うけどなあ」なんて言われることがよく言われることがありました(最近は私もあまり言われなくなりましたが)。

人一倍緊張しやすいタイプなので、会議の場に縛り付けられて面と向かって人の話を注意深く聞き、気の利いた質問をする、ということが苦手です。正直また「質問ないの?」と言われるんじゃないかと思うと余計にドキドキして、話聞くどころでは無くなってしまうことが多いです。また、同じ場にいるできる人は、話の中の抜け漏れや純粋に疑問に思うことをズバリ質問できていていつもすごいなあ、自分にはできないなと感じています。

あんまりこういうことを繰り返していると、自分は病気なんじゃないか、質問できない病ってあるのかな、とか真面目に考えだしてしまいます。ちょっとググるとそれっぽいサイトもいくつか目につき、本当に病気なのかと思い始めてしまいますね。

でも、冷静に思い返してみると、いつも絶対に質問できないわけではないのです。たまには「良い質問」もできるし、その場の誰も思いつかないようなコメントができて議論の活性化に貢献できることもあります。良心的な上司に相談すると、要はトレーニングしていけばよくて、能力がないとか病気だとか思いこむ必要は無いのだと、きっぱり言われました。でもトレーニングって。。。な感じです。

自分なりに質問できているときとできないときを振り返ると、まず「できない」のではなくて「思いつかない」のだと思いました。そして、それは「質問する気が起きない」のであって、要するにその話に「興味がない」のかなと考えています。もちろん、頭の回転が良い人は人の話を聞いて、抜け漏れや矛盾に素早く気づくことに長けているとは思いますが、それ以上に「知りたい」という気持ちが強いのでしょうね。

ということで、質問するためには話に興味を持つことが重要なのだと思います。当たり前のことではありますが。だから、「質問できない病」疑惑で苦しむくらいなら、質問ができない場合は、その話が十分に自分の興味を惹かないのが悪いと思うことにしています。

でも、組織の中で生きていくにはそうもいっていられないので、学会の座長や会議の事務局のような、質問しないとまずい状況に自分はあると思って(追い込んで)当事者意識を高めるしかないと思っています。事務的な質問、相手の言っていたことの確認など、質は問わずに何か発言することでひとまず自分の中での安心感をつくることから始めていくことがトレーニングになると思います。そのためにはちょっとだけバカになってみる/演じてみることが必要ですね。そうすれば、「きっとこんな意味なんだろう」とか「~~と言っていたけど大丈夫だろう」と思って今まで聞いてこなかったことが聞けるようになりますので。

理想のカメラについて考えてみる

写真楽しいですよね。特に、機材にこだわりを持って、調べて、お金をかけて、いいのが撮れるとまたどんどん楽しくなる。

「良い写真」かどうかという観点もありますけれども、あくまで自己満足の趣味としてやっていて楽しめるかどうかを重視しています。個人的には良い写真が撮れるかどうかなんてハプニングみたいなものだと思っているので、写真を撮る・撮った写真を見るというのが楽しめる方向に持っていければよいと思います。

私の場合は、アマチュアながらそれなりの機材を揃えたり、そういう機材があるからこそまともな写真が撮れる条件に巡り合ったりすることによって、小さな達成感や満足感が得られることが楽しいと感じているのかなと思います。フルサイズセンサーで、明るい標準ズームがあって、強力な手振れ補正があるから、旅行先の暗がりで思い出になるような一枚が三脚使って力まずとも撮れる、なんていうのがツボです。。

そういう観点で、わがままをひたすら並べた、理想のカメラがあったらなと日々思うものについて書いてみようと思います。


要は、突如訪れるシャッターチャンスらしき瞬間をいかに自在にとらえられるかどうか、が全体方針になると思います。
「自在に」と書いたのは、その写真が見たままをとらえることも、印象的にとらえることもできるような、十分な情報量であるというイメージです。

iPhoneのカメラも高性能だと思いますので、それで十分というシーンであれば、いつもポケットに入っていてとりあえず写真がいつでもとれるiPhoneが理想のカメラになります。

でも、いわゆるblue hourとかgolden hourのような、明暗差が大きくて、日の出/日没前後のあいまいな光をとらえたいという場合は、広いダイナミックレンジが必要で、iPhoneでもそれっぽく撮れますが、フルサイズセンサーの諧調の豊かさには遠く及ばないと感じています。このときiPhoneしか持っていなければ、私は「仕方なく」iPhoneで撮りますが、あくまで「何も撮れないよりまし」という認識で、重くて持ってこなかったフルサイズ機があればなと後悔することでしょう。

例えばこんなの。PerthのFremantle駅で電車を待っているときに何気なく撮りましたが、シルエットのように黒いところにも諧調があって、かつ日没直後のあやしい夕日の残りが良い感じに出せたと思います。レンズの描写性能も相まって、細部まで精細に撮れたことがうれしいです。
Fremantle Station, golden hour


旅行先の風景や何気ないシーンのスナップ撮影が好きです。特に海外の町を歩いていると強く意識させられますが、「あとでもう一度通った時に撮ろう」なんていうことが思いのほかできないことが多く、その時その時がシャッターチャンスだと思っています。すると、街中スナップとはいえ、意外と光量が足りなかったり、明暗差が激しかったり、雨が降っていたりして、撮影のための条件としては決して良くないことが経験上多いです。そんなときに、持っている最高の道具で撮っておくことで、少なくとも後悔は無くなります。iPhoneで十分なときは良いですが、もっと良い道具で撮れていたらもっと楽しめたのかなと思うこともあります。もちろん、数年後にGoogle Photoで見返すと、iPhoneのカメラだろうとコンデジだろうと撮れていれば結構よい思い出になりますが。


でも、正直フルサイズセンサーにF2.8通しの標準ズームって、結構重いしかさばるしで、毎回海外旅行にも持って行って大活躍していただいていますが、もうちょっとなんとかならないかなーと思うこともあります。PanasonicDMC-TX1もサブ機として持ち歩いているんですが、使い勝手、写真のクオリティ的に全くメインとしては使えないというのが個人的な感想です。


ということで、だらだら書きましたが、要は

  • 大きなセンサーで高すぎない解像度(フルサイズ20Mくらい)
  • 高い受光効率(できれば裏面照射)
  • 深くて持ちやすいグリップ(D750、D500系)
  • 記憶媒体はダブルスロット(D7500みたいなのはやめてほしい)
  • 高速なAF(コンデジはこれが耐えられない)
  • 連射性能はそんなにいらない(秒間3~4コマくらいでよいです)

な小型軽量一眼レフ(ミラーレスのEVFは嫌です絶対)をNikonさんが作ってくれれば良いんです。なんでD850はこれと正反対に行ってしまったんだろう。。。こういうニッチなのうまく宣伝すれば売れる(私には)と思うんだけど高くて大衆向けにはならないのかなぁ。。

小さなD5作ってくれればそれでよいんですよ?>Nikonさん

これが無理ならPanasonicさんでもSonyさんでもよいので

  • APS-Cで16M
  • 裏面照射
  • フルサイズ換算28mm-200mm F2.8-4

とかあったら良いのになぁ。さすがにわがまま言いすぎか。

まあ高くついてしまうんでしょうけど、こういう方向目指している感が全く感じられないんですよね。裏面照射センサーが実用化できたからそれに合わせて画素を上げよう、とかムーアの法則みたいにブレークスルーによって今までの進歩をスケールさせていくだけではなくて、あえて別の側面をとがらせてみることによって、今までできなかったことを可能にしてみようとしてほしい。でも、そもそもそんなの欲しい人いないのかな。