気になって仕方がない

趣味など、日々雑感メインの予定(脳へのコスト削減を重視しているので、推敲は甘めです。気にせず読んでいただけると大変うれしいです。)

「働き方改革」とは何なのか?

日本の政治家とか企業トップは言葉とかスローガン作ってやった気になるのが好きですよね。過労死、過重労働、長時間労働、生産性などが「課題」で、研究における課題に対する解決策相当が「働き方改革」なんでしょうか。具体的に何がどの水準に比べて課題であるのかが明確に定義されていない気がします。だから、実務レベルに落ちてきて、働き方改革だからさぁ何かやれと言われても困ってしまうんだと思います。それで、とりあえず上は怖いから「残業時間の上限を引き下げよう」だとか、「20:00以降は一斉退社」だとかそういったルールが突然設けられ、仕事の流れとか優先順位、そもそものトータルの業務量は特に配慮されないままなんとかしろと言われるわけです。

 

課題が明らかでないのは、どの水準まで到達すればいま「働き方改革」の動機になっている現状が「課題」ではなくなるのかが規定されていないからですね。よく日本は生産性が低いといわれますが、どこと比べて低いのでしょうか。生産性が低いから長時間労働になる、だから働き方改革だ、となっていますが、課題分析を1レベル下げないとだめですよね。~~に比べて日本は生産性が低い、それはなぜか? というところを問わないと、そもそも生産性が低いのかどうかわからない(実際、先進国の中で最低だとか読んだこともあるので低いのだとは思いますが)。

 

根本的に日本は素人文化(という言葉はないですが)だからこうなるのだと思います。それが良い悪いというのではなく、いま課題視されている現状に(ほかの先進国と比較して)なるのは、プロフェッショナルを軽視して、器用貧乏ほど良いという価値観が一般的だからだと思います。雇用風に言うと、いわゆる欧米式の「仕事に人をつける」のか日本式(?)の「人に仕事をつける」のかの違いというやつですね。繰り返しますが、どちらも一長一短なので、どちらが良いということを論じるつもりはないです。ここで言いたいのは、こういう違いを踏まえて「働き方改革」の課題認識と対策が正しく検討できているかということです。人に仕事をつけるやり方が一般的である以上、多かれ少なかれ人月商法で、適材適所よりは低生産でもよいから人数でなんとかするという仕事のやり方からは逃れられないと思います。生産性をそれでも上げたい(むしろそれが目的だと)言うのであれば、残念ながら人を減らすか、冒頭の残業時間や退社時間を強制的に規定して家で見えないところで仕事してもらうしかないですよね。

 

これ、結構根深いと思っています。基本的に日本人は同質民族なので、人との違いを個性とはみなせず、なぜ合わせられないんだ、これが足りないから埋めろという方向に動くからなのかなと思います。だから一人一人の取り得が育たなくて、多くの他の人が持っているものを「ちゃんと」持っている「まとも」な人間であることが最重要視されますよね。特に採用のとき。だから私みたいに部活とかサークルとかやってない人間は結構怪訝にみられますよね。研究職だからなんとか変人でもとってもらえましたが。。。

 

そして、多くの会社で3~5年くらいで配置転換を行ってジェネラリストを育てる。現場の仕事は極力俗人的にならず、「だれでもできる」ことが最重要視される。プロに任せれば一人で済むかもしれない仕事をだらだらと(本人の能力がないわけではないが)優れた適性があるわけでもない人が何人かで進めるということを重視していますよね。プロといっても誰がプロだかわからない、プロというものを教育できていない。その代わり、もっと良い人材を見つけたから突然首、ということはない(はず)。でも突然首にできるようにしたいと思ってる人もきっと多いですよね。そうしたら、今の日本で雇用されるメリットはあるのでしょうか?

 

そもそも生産性を上げないといけないのでしょうか? 無理やり生産性を上げるよりも、もう成長が見込める時代でもないのだから、貧富の差を極力抑えて、豊かなバランスの良い国にしていくべきだと思いますがね。でも、働き方改革はきっとトップダウンだし、実務の方々は崇高なビジョンなど持つ暇もないのでこうなってしまうんでしょうね。だって、トップが素人ですから。。。